LINK【シアトルのテントシティーから見る】テックブームが壊す社会の実像
スタートアップの聖地、アメリカシリコンバレー・西海岸エリア。
そしてそのブームが北上し、かつては全米有数の住みやすい街として知られたシアトルに巻き起こり、人々の生活を壊し始めているのです。
シリコンバレーなどと同じく、中心街ではスタートアップ関係者らが、新たなビジネスの創造に湧き上がっています。
一方、家賃価格の急速な値上げにより、家を失い ‘仕事があるにもかかわらず’ ホームレスとして暮らしている ‘テントシティ‘ の人々の状況は異質でしかありません。
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しかし、今現在も IT スタートアップのブームは勢いを増し、新たなビルの建築などはあちこちで起こっている状況のようです。
シアトルに拠点を置く IT 関連メディアの GeekWire によれば、シアトルのIT スタートアップの数は既に1,000を超え、それにともない IT 関連の雇用も、
88,000人(2005年) → 138,000人(2015年)
に増加したようです。
とりわけ、ソフトウェアエンジニアの求人は急増していると、ミネソタ大学の調査でも報告されています。
このようにテックブームがシアトルで巻き起こる中、Seattle Times のレポートでは住宅価格が過去5年で66%も上昇した事が分かりました。
さらに、2015年9月から2016年9月の上昇率は、わずか1年間で11%を記録し、全米一となりました。
しかしなぜこのテックスタートアップブームが、ニューヨークやロサンゼルス、シカゴなどの他の大都市へ向かわず、中規模都市のシアトルへ向かったのでしょうか?
名門校の存在
Photo: https://www.dropbox.com/s/5w9zprdz5awcjo4/Screenshot%202018-03-10%2010.57.37.png?dl=0
ワシントン大学は数十年にわたり世界トップ 校(トップ30位以内)として、数々の世界大学ランキングに登場する名門中の名門校です。
なかでも、コンピューターサイエンス分野の修士課程では世界6位に位置づけ(US NEWS のBest Graduate Computer Science Programs)、これは他の名門校プリンストン大学(8位)、ジョージア大学(9位)、ハーバード大学(18位)よりも、ランクが高いことを意味します。
当然、将来 IT 分野に進みたい学生がワシントン大を選び(シアトルに移り住み)、結果的に世界最高の IT 教育を受けた若い人材がシアトルに多く存在することとなりました。
そして今すぐにでも IT 人材が欲しいテックスタートアップにとって、シアトルは人材確保の側面で ‘量’・’質’ ともに最良なロケーションとなったのです。
しかし前述した通り、シアトルは現在スタートアップにとって最も起業するのにコストがかかる街と化しました。
この流れを受け、次にブームが向かった先がさらに北上した、カナダ・バンクーバーです。
世界で最も住みやすい街
街の特性はシアトルにかなり似ており、海と山々に囲まれた緑豊かな風景が見られ、国際色豊か、そして治安も良いとされています。
観光名所こそ少ないものの、シアトルに負けず劣らず住むのには最適な街で知られています。
バンクーバーとシアトルは車でひとっ走りすれば、わずか2〜3時間で着いてしまうほどの距離で、実際バンクーバーの人々は日用品がより安いシアトルへ、日帰りで買い物に出かけたりします。
僕自身バンクーバーには長期滞在した経験があり、僕より前に Kao-P もこちらの街に留学していました。
彼女(Kao-P)の紹介にも書いたように、バンクーバーはカナダでありながら人口の約半分がアジア人で、とりわけ中華圏からの移民が多く街の至るところに中華料理屋があります。
その1つの理由して、1999年に香港がイギリスから中国へ返還されたことが挙げられます。
多くの市民がそれに反対し、バンクーバーへ移り住んだ経緯があり、それゆえに「えっ、ここ本当にカナダ?」と感じる程、中華系の人々が多く ‘ホンクーバー‘ と揶揄される程です。
そんなバンクーバーの友人達と連絡を交わす際、ここ数年必ず話題になるのが「現地の不動産価格の上昇」です。
ほぼ全ての友人が、大家からアパート賃料の値上げを強いられ、それまで住んでいたバンクーバー中心街から、近郊都市へ引っ越しせざるを得なくなっているのです。
しかし、その引っ越したバーナビーやサリーなどの近郊都市でも、近年不動産価格が上昇しており、年々生活コストが上昇していると、本当にたくさんの友人から聞きました。
バンクーバー中心街では都市開発によりオフィス賃料が上がり、それにつられ物価も上昇。
さらに固定資産税の上昇が決まり、その補填で商品価格や賃料の値上げが発生する “インフレスパイラル” がシアトル同様起こっているのです。
なぜバンクーバーが?
バンクーバーでは、これまでも不動産価格の急激な上昇が問題になっていたのですが、その主な原因は中国人富裕層(移民)の土地、ビル、アパートの青田買いが原因とされていました。
街の一頭地には無数のガラス張りコンドミニアムが立ち並び、中国人オーナーが投資目的で建設したものも数多くありました。
実際、数十階建ての豪華なコンドがあるにもかかわらず、入居者はたった数名ほど(もしくはゼロ)で、価格上昇を狙った投機目的の不動産投資であることは誰の目にも明らかでした。
現地の建設業界に詳しい(に従事する)カナダ人の友人の話では、バンクーバーの一頭地でコンドミニアムの建設ともなれば、一棟あたり数十億円かかり、個人ではまず無理な話のようです。
しかし、それらを複数棟同じオーナーが所有するなど、圧倒的な資本力を持つ中国人移民が、経済面で幅をきかせてきました。
そして、そこに加わる形で巻き起こっているのが、バンクーバーのテックブームによるさらなるインフレです。
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近年、シアトルが全米有数の ‘高い’ 街に姿を変えたことで、IT 起業家達がそこから車で2〜3時間の、バンクーバーへ拠点を移すようになりました。
もちろん同じ英語圏ですので、移住は簡単です。
前回お話したシェアメイトのティファニーも、「IELTS を受けて英語能力を証明するだけで移住出来たわ」と言っておりました。
アメリカ人にも英語能力の証明(IELTS) を要求することに驚かされましたが、とにかくシアトルからバンクーバーへの移住は容易なのです。
ちなみにティファニーの IELTS の結果は Overall 8.5だったようです。
弱い経済が IT 起業家を惹きつけた?
また、バンクーバーには UBC(University of British Columbia)という世界トップ校とSFU(Simon Fraser University)という大学があります。
どちらもコンピューターサイエンスには定評があり、有能な IT 人材を輩出しているようです。
無論、この状況もシアトルのワシントン大学が、 IT エンジニアを豊富に抱えることと同様、テックスタートアップを惹きつける大きな要因になっています。
“Vancouver is no doubt becoming a world-class technology hub. “
これは北米スタートアップ市場でここ数年言われ続けた言葉であり、僕がバンクーバーのスタートアップイベントに最後に参加した2014年と現在では、比べ物にならないくらい数が爆増している様子です。
バンクーバーはもともと経済にはそれほど強くない街でした。
多くの大企業はトロントなど東側の都市に本社を構え、バンクーバーは観光、ESL (英語留学)、不動産など外国マネーで成り立っていた一面がありました。
それ故に、カナダ政府もバンクーバーで起業する IT 人材には、比較的容易に労働許可を下ろす側面があったようです。
しかし、これがまたこの街でのスタートアップブームに拍車をかけ、結果的にバンクーバーが北米有数のテックスタートアップハブとして栄えるようになりました。
東の大企業群と西のベンチャー群という構図の完成です。
IT ジャイアントが注目
Microsoft は昨年、 IT 人材を確保する目的で、バンクーバーにタレントプールを創ることを決めました。
また、Facebook も第2オフィスの開設を決め、雇用の創出に期待がかかります(第1オフィス開設時は150人を採用)。
“Why Vancouver, you ask? For one, it’s close to other Facebook offices, including the main one. Secondly, it’s a great tech hub that is known for attracting top talent. Third, and most importantly, the reason it is planned for a one year period, is because that is approximately how long it takes to get a United States work permit.” Facebook
とにかく、北米のテック分野では、バンクーバーがリーディングハブに変わりつつあることが認識され、さらなる IT 企業(大企業、スタートアップ共に)の流入が予想されているのです。
しかし、残念ながら「やったぜー!」と思えるのは IT 分野に進んだ学生や労働者、政府のみ。
地元民は予想される、”さらなる物価上昇” に懸念を示しています。
もう説明を必要しないと思いますが、IT 企業の収益性は他のどの分野よりもずば抜けて高いことで知られています。
例えば、営業利益率が10%を超えれば超優良企業とされる製造業に対し、20%を超えているテック企業も珍しくありません。
結果、その高い収益性があるために、一頭地のべらぼうに高いビルに、オフィスを構えることも可能で、それがまた IT 人材を惹きつけます。
このような状況を不動産会社やデベロッパーが見過ごす訳もなく、都市開発の増加やオフィス賃料の上昇で、バンクーバー全体の不動産価格が押し上がっているのです。
スタートアップの場合は、引っ張った投資家からの資金で、赤字であっても同じことを行ないます。
現在バンクーバーは北米随一のテックハブであると同時に、ニューヨークにもひけをとらない北米で最も生活コストの高い都市の1つとなりました。
僕は過去4年間ほぼ毎日バンクーバーの友人とは(メールでですが)連絡を取り合っており、毎年別の友人とも日本で会って情報交換しています。
ゆえに、これらの情報は現地で調達したと言っても過言ではないと思います。
近年、バンクーバーはこの他にも様々な経済問題を抱えており、1つはカナダとサウジの外交摩擦によるドル箱サウジ留学生の減少(ESL ビジネスの成長鈍化)。
近隣都市の山々からオイルを運ぶパイプラインの建設プロジェクト(反対が多く実現出来ていませんがすれば増税の可能性あり)などなど、地元民の暮らしを圧迫するような課題が、スタートアップブームで起きたインフレ現象以外にも多数あります。
今回テックスタートアップブームが及ぼす、「負の側面(遺産)」を話したくてこの記事を書きましたが、バンクーバーに留学を考えている方々にもお読みいただければと思います。
きっとまた違った観点から、街の今を見られるのではないでしょうか。