カロリンスカ研究所(医科大学)。いつもこの存在だけは異質でした。

スタートアップイベントや SUP でホストをしている時、人と話せば必ず「スウェーデンでは何を?(勉強?就労?)」という流れになります。そんな時、

「カロリンスカ研究所です」

と相手が答えようものなら、

「おぉ… あなた様が …. あの…」と高明な和尚様にやっとお会いすることが出来た気分になります。いわゆる恍惚状態ですね。

世界トップレベルの医学研究、規模、研究施設を備えるカロリンスカ研究所は、世界中から注目を浴びる総合医科大学で、実際に病院とも連携し、これまで医学分野に多大なる貢献をしてきたと言われています。

実はそんなカロリンスカ研究所も、修士課程で Bioentrepreneurship という2年のプログラムを設けており、近年は大学発バイオ系スタートアップの創出や育成に力を入れています。

LINK【スウェーデン大学院留学】修士課程のアントレについて

今日はその Karolinska Institute のスタートアップ事情についてお話します。



ある新聞社の方からの依頼

きっかけは数ヶ月前、ある新聞社の方から調査協力の依頼があったことが始まりでした。その調査の内容が、

スウェーデンでは大学や研究所での基礎研究成果が、スタートアップにうまく結びつき、結果、何らかの科学技術をもとにしたスタートアップが多いのではないか。

というもので、取材先を探しているとのことでした。

基礎研究をテーマにしたスタートアップで、かつ調査対象分野がバイオ、金融、テック関係だということでしたので、僕の中ですぐにカロリンスカ研究所が思い浮かびました。

SUP 時代共に活動した女性が、カロリンスカのバイオアントレコース卒業だったこともあり、すぐに連絡をとり、目星のつく企業や人を知っているかというやりとりが始まりました。

そうして調べていくうちに、カロリンスカ研究所のバイオアントレプログラムの卒業生は、独自の Alumni (卒業生)コミュニティを持ち、お互いにローンチしたスタートアップに関する相談や、リクルート情報を共有したりするエコシステムが存在していることが分かりました。

その Alumni Community の責任者にコンタクトし、新聞社の方を紹介して、僕は僕の方で調べた考察を送付しました。

*現在このような取材の仲介役はお断りしています。

その後、その方とのやりとりはなくなり、調査がどうなってしまったのか分からずじまいなのですが、個人的に面白いポイントだと思い、今回 Karolinska Institute Bioentrepreneurship 卒業生の友人 Tzeni さん(ギリシャ人)に、実際カロリンスカではどうなのかうかがってみました。

カロリンスカ研究所のスタートアップ事情

ーーー 今日は時間を作ってもらってありがとうね。以前話したカロリンスカのスタートアップ環境について聞きたいんだけど。

Tzeni:あぁ、基礎研究とスタートアップの件ね。KI(カロリンスカ・インスティチュート)発で、基礎研究から派生したスタートアッププロジェクトは、実はいくつかあったの。でも途中でうまくいかなかったものが多かったわ。例えば DNA テスト関連のプロジェクトとか。

ーーーそれは研究内容が難し過ぎて、ビジネスまで直結しなかったとかそういう問題?

Tzeni:それもあるんだけど、失敗したケースとして指摘されていたのは、マネージメントの問題かしら。研究分野が特殊過ぎて、それに精通したメンバーでスタートアップを形成する必要があった、もしくはしがちだったの。

そうすると必然的に KI メンバーのみで構成されるチームが出来るんだけど、ここで問題。みんなバイオロジーとか科学分野の出身だから、経営に関する知識が少ないの。ましてや基礎研究をスタートアップに繋げるなんて、とてつもない挑戦だったに違いないわ。


科学技術系のスタートアップは KTH に軍配?

ーーーやっぱりそういった専門性の高い特殊分野でのマネージメントって難しいんだろうね。

Tzeni:そういった意味では、ストックホルムで一番成功している学校は KTH(王立工科大学)だと思うわ。KTH も KI とは異なるけど、AI とか技術難易度の高い研究を行なっているし。

マネージメントの面から見たら、KTH 発のスタートアッププロジェクトは、色々なバックグラウンドを持つ人がプロジェクトに参画するの。だから、ダイバーシティにすごく富んでいて、色々な意見を取り入れて常に変身しているように私には見えるわ。

ーーー 何かに固執せずに、形を変えながら成長するって、同じ考えを持った人達のいる環境では難しいもんね。それにしても、ストックホルムで活動する起業家とかスタートアップで働く人って、本当に KTH 出身の人が多いよね。

Tzeni:KTH はインキュベートプログラムを設けたり、大学をあげてスタートアップの創出に励んでいるイメージよね。そういったこともあって、大学が個々で学内発のスタートアップをサポートするより、もっと大きな視点(ストックホルムベースの大学が連携して街として起業のハブになることを目的とする)でスタートアップを育てようとした動きの一環が、SSE (Stockholm School of Entrepreneurship) みたいだけどね。

LINKSSE について(記事最下部)

専門性の高いバイオ企業で働くこと

ーーー Tzeni 自身は今自分のプロジェクトに取り組んでるの?

Tzeni:私は今 SYMCEL っていう、バイオロジーの研究者達が立ち上げた会社で働いているの。細胞学研究からローンチされた、細胞の活動を測量するためのマイクロカロリーメーター(熱量計)技術を応用した製品を ….

ーーーありがとう。全然分からないからいいや。Tzeni も SUP に所属してて、色んなテックスタートアップ見てきたよね?今バイオ関係のスタートアップで働いてみて、テック企業との違いみたいなものは感じてる?

Tzeni:さっき話した、基礎研究から進展した KI スタートアップの失敗例と少し矛盾するんだけど、良い点を挙げると、私たちは同じ研究や学問にたくさんの時間を費やして精通しているから、共通点やちょっと変だけど絆みたいなものをお互いに見出せるの。

だからかもしれないけど、私の会社のターンオーバー(離職率)はすごく低いのよ。IT スタートアップって、すぐ人が辞めるじゃない?うちの社長は私たちメンバーが研究者上がりだってことを理解してくれていて、親身に相談にも乗ってくれるわ。社長自身が研究者だったしね。

だから「稼げ稼げ」じゃなくて、着実に技術やサービスを向上して、「しっかりと世に出せるものを残していこう」っていう研究者の意地みたいなものを感じながら働けているわ。資金が必要な場合は、トップが自分でファンドを集めて来て、今いい具合に成長しているの。すごい好きよ今の会社。



カロリンスカ発バイオテック企業の向かう先

ーーー 素晴らしいね。じゃあ日本に SYMCEL が上陸する日を楽しみに待ってるよ。

Tzeni:いいね、日本いつか行ってみたいわ。だけど、うちの製品がアジアに行くとしたらまず進出する先は日本ではないことは確かよ。

ーーー そうなの?どうして?

Tzeni:カロリンスカ発のスタートアップが特にそうなんだけど、こっちのバイオ系は皆最初にシンガポールを選ぶの。これは Alumni Community で共有している事実なんだけど、外国人起業家に対して優遇装置を設けているだとか、起業の手続きが簡素化されてるとか色々あるけど、単純に1番大きな理由は英語が通じることだって言ってたわ。

やっぱり共通語が通じないと、何をしても先に進まないじゃない?そういう意味じゃ日本は魅力的な国に映らないみたい。もちろんマーケットが大きいことは知ってるけどね。

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「基礎研究→スタートアップ」はこれから?

今回はある問い合わせがきっかけで、Tzeni にインタビューをし、Karolinska Startup の内情を知ることが出来ました。

この権威ある医科大学でさえ、研究をバイオビジネスに昇華させるのは至難の技なんだとあらためて感じるとともに、KTH の例のように、スタートアップには様々なバックグラウンドを持つ「経歴の坩堝」のような環境が必要なことを再認識しました。

結論:ストックホルムでは、基礎研究の結果がベースとなった(成功している)スタートアップは、それほど数が多くないのが実情のようです。これからですね!

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