日本電産の永守社長が、4月21日付の日本経済新聞社の取材で、新型コロナウイルス問題に関する自身の思いについて言及されました。
「50年、自分の手法が全て正しいと思って経営してきた。だが今回、それは間違っていた。テレワークも信用してなかった。収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする。そのために50くらい変えるべき項目を考えた。反省する時間をもらっていると思い、日本の経営者も自身の手法を考えてほしい」
自らやってきたことへの反省を口にし、発想の転換をトップ自らが行なおうとする姿勢は、社会人として非常に学ぶことが多く(失敗を認めない)世の政治屋達にも見習ってもらいたいものです。
一方で、彼がこれまで行なってきたような成長ありきのマネジメントスタイルは、一度経済活動がストップすると全てが逆回転してしまうことが、今回の新型コロナウイルス問題で浮き彫りにされてしまいました。
永守氏がインタビューで言った「Cash is King(現金は王様)」という言葉に着目して、僕自身がアベノミクス以降ずっと感じていた社会のゆがみについて記しておきたいと思います。
Cash is King
売上高約1兆5000億円で、文字通りモーター業界世界首位になった日本電産トップの言葉は、今後経済界で何が起こるのかを予兆する言葉だと受け取れます。
同社は積極的な企業買収で知られ、傘下に収めた企業の業績をV次回復または成長路線に押し上げ業績を伸ばしてきました。世界に300社のグループ企業を擁するメガ組織です。
しかし、*手元資金も潤沢に抱える優良企業のトップがこれほどの危機感と切迫感を口にした理由は、やはり事業拡大による固定費の増加で現金燃焼率(経費がキャッシュを喰う割合)が高まってしまったことがあると考えられます。
*日本電産の2019年3月期・現金期末残高は2400億円以上
今回の新型コロナウイルス問題が10年前のリーマンショックや米中貿易摩擦と大きく異なる点は、売上高が大幅に落ち込むとかの問題ではなく、一気に消える(0になる)、もしくはそれに近い状態になることがいきなり発生している点にあります。
世界に300社のグループ企業を抱え、連結従業員数108,906名(2019年3月末現在)の同社は、従業員の給料の支払いだけでもとてつもない額に昇ります。
さらにそこには社会保険関連の会社負担費用が重くのしかかるため、給料の支払い “だけ” でも非常に大きな固定費が毎月かかってしまい、待ったなしの状態であることを永守社長は表現したのだと個人的に受け取っています。(当然これは日本電産だけの問題ではありません)。
コロナ禍で売り上げが急減した状況では、現金燃焼率が急速に高まり現金が追いつかない。つまり固定費を賄う “現生” がなければ潰れる道しか残されていない。それゆえに出た言葉が「Cash is King」という経営ワードだったのだと思います。
この言葉を彼が引き出したイコール、日本電産のような一流企業でさえこのままいけばいつかキャッシュが底をつく。
ましてやここ数年、借入(借金)を前提として経済活動が行なわれることが異常なほど蔓延してしまった日本社会では、今後廃業していく事業者がとんでもない数に昇ることを暗示しているのは明白です。
国が作り上げた借入インセンティブ
ちなみに僕はこんな言葉(Cash is King)があるとは知りませんでした。しかし、自分自身が臆病者(借金を異常に嫌う性格)であるがゆえに、Cash(現金)の重要性が薄れていることはここ数年ずっっっと感じてきました。
そう気付かされた背景には、自分に相談に来た創業や事業計画の特に財務面での “超” 楽観的プランニングがあちらこちらで見られたことが挙げられます。シンプルに言えば「お金を貯めずに借金でお店を始める」が蔓延していたことがあります。
創業をする際に借入が必然なことは当然わきまえていますが、明らかに僕が知る昔の創業と現在が異なるのは、手元資金の大部分(ほぼ全て)を借入で補うトレンドが世の中で当たり前になってしまっていたことを挙げます。
これは以前にも別記事で指摘した点ですが、国のマイナス金利政策で地方銀行が利ざやを失い、個人事業主向け融資でその補填を行なう流れが銀行の間で常態化していました。
LINK【スウェーデン人が指摘する】日本のサービス業地獄は誰が得をするのか?
LINK【マイナス金利政策から見る】スウェーデンと日本の官僚の意識の違い
借りる立場から言えば誰でもお金が借りられ、簡単に店舗オープンなどにチャレンジ出来る良い起業環境。しかし、既存のプレイヤーからすれば、資金面での参入障壁が取っ払われ無尽蔵に競合が現れてしまう、ゆがんだ産業構造が出来上がってしまいました。
そのような業界に借入を伴って参入するという行為は、「誰もがチャレンジ出来る世の中を」と国が唱えてきたポジティブな結果は伴わず、実際は「誰もが借金を増やす世の中」になっていたことが明らかとなりました。
それに該当するのが、外食、美容院、整体、不動産など(その他色々)店舗を伴って行なうサービス業全般にわたりますが、共通して言えることは過度の競争環境が出来上がり、Cash が貯まらないハイリスクローリターンビジネスに全サービス業が陥ってしまっていたことが問題としてあります。
新型コロナウイルスによる店舗休業で、手元資金が平均2ヶ月で底をつくというのがそれを表しています。
僕が記憶する限り、10年以上前に大学やビジネス分野で叫ばれていたのは、
- 自転車操業は絶対にしてはいけない
- 利益率の高い商売を目指せ
- 黒字倒産もありえるキャッシュの重要性
- … etc
など、経営学の基礎のような文言でした。
それがこの数年(特にアベノミクス以降)にガラリと崩れた背景には、「借金して当たり前」という(国民の)借金への不感症化を徹底的に行ない、キャッシュがなくても商売が成り立つという、経営学の基礎を無視した嘘八百の劣悪な環境づくりが国によって行なわれていたことを僕は指摘します。
実際、相談にくる相手に対して資金面での問題点を指摘すると、必ずと言っていいほど返ってきた言葉が、「皆んなそうやっている」という「赤信号皆んなで渡れば怖くない」論でした。
借金であるにもかかわらず、手元に大きなお金が入った高揚感のようなものを持っていると話していてよく感じもしました。例に挙げるのは忍びないですが、昔日本航空(JAL)が倒産する前に借金まみれにもかかわらず、資本金が莫大にあるように見せて「大丈夫」みたいな顔をしていた状況をよく思い出していました。時間の問題だと。
新型コロナウイルス以前より政治家・官僚の頭の中にあったのは、「どうすれば国民が金を使い、国に税収がもたらされるのだろう?」というその一点だけなのです。それを達成さえすれば、国民が幸せになろうが借金まみれになろうが関係なかったのです。
また、それを具体化したアクションプランが、規制緩和とマイナス金利政策。この2つにより現金を保有しない状態でも誰もが創業し業界へ参入することが可能となり、「成り立つか」という事業リスクの考慮よりも、「やりたい」の気持ちが先に勝って商売を始めてしまうトレンドが出来上がっていました。
もし本来「成り立つかどうか」を論理的に考慮すれば、テナント料を営業日数で割った時点でいかに不動産業者がふっかけてきているかを気付いたはずです。テナント料1つとっても絶対に成り立たない構図が出来上がっていたのです。
そうして様々な業界で創業費用 × 創業数というお金の回るシステムが出来上がり、結果的に一番得をしたのは税収を手にした国でした。
しかし、全ての動きが止まってしまった今、これについても逆回転(トラブル連鎖)が起こっており、規制緩和でプレイヤーの数を爆増させた産業が多岐に渡る分、国が助けなければいけない数もとてつもないことになっています。
それが今現在に至る、政治家が二の足を踏んで何もしない状況へと繋がっているのです。
「Cash is King = 現金は王様 」
このやや抽象的な言葉は、「現金がなければ何も出来ない」という、以前は当たり前だった常識を再び我々に思い出させているのかもしれません。
言い換えれば、借金をすることの重みを我々はもう一度考えるべき時なのです。
*It’s Lagom は今後も(日本)国が主導して作り上げた社会の矛盾について、厳しく指摘していくつもりです。皆さんの何か気になる世の中のおかしな状況について、メール等でコメントお待ちしております。